ボリビア中南部、チュキサカ県のアンデス山間部に広がるスクレは、標高約2,790メートルに位置する高地都市です。市街地の建物のほとんどが白い外壁で統一されているため「白い街(La Ciudad Blanca)」と呼ばれ、コロニアル時代の街並みが色濃く残っています。行政・立法の首都であるラパスとは別に、スクレはボリビアの憲法上の首都であり、最高裁判所が置かれる司法の中心地でもあります。この珍しい二都体制は南米でも独特なものです。谷あいの盆地に位置するため一年を通じて気候が穏やかで「常春の街」とも呼ばれ、旅行者にとって歩きやすい都市としても知られています。人口は約30万人で、チュキサカ県の県庁所在地としてボリビア南部の経済・教育の拠点も担っています。1991年にはユネスコ世界文化遺産「スクレ市街」として登録され、南米に残る植民地都市の中でも保存状態の良さで高く評価されています。この街は歴史の中で「ラ・プラタ」「チャルカス」「チュキサカ」「スクレ」と四度も名前を変えており、その一つひとつの名がボリビアの歴史の各段階を映し出しています。
歴史的背景
スクレの起源は1538年、スペイン人ペドロ・アンスーレスによって「シウダー・デ・ラ・プラタ・デ・ラ・ヌエバ・トレド」として築かれた町にさかのぼります。この町は先住民の呼び名にちなみ「チャルカス」や「チュキサカ」とも呼ばれました。1559年にはスペイン国王フェリペ2世の命により、現在のパラグアイからアルゼンチン北部、チリ北部、ペルー南東部までを管轄する「アウディエンシア・デ・チャルカス」がこの地に設置され、南米大陸有数の行政・司法の要衝として発展します。当時世界最大級の銀山として知られたポトシと太平洋岸を結ぶ交易路の中継点でもあり、経済的にも重要な位置を占めました。1624年には南米で二番目に古い大学の一つとされるサン・フランシスコ・ハビエル大学が創設され、教育・法学の中心地としての地位を固めます。この大学で学んだ知識人層が独立思想の担い手となり、1809年には「チュキサカ革命」と呼ばれる蜂起が起こりました。そして1825年8月6日、上ペルー(現在のボリビア)各州の代表がこの地に集まり独立を宣言します。この宣言は現在「カーサ・デ・ラ・リベルタ(独立の家)」として公開されている、かつてのイエズス会大学の講堂で行われ、独立戦争の英雄アントニオ・ホセ・デ・スクレが初代大統領に就任しました。都市名はこの英雄の功績にちなみ、1839年に「スクレ」へと改められています。
建築と特徴
- 建築規則により外壁の色が白に統一された、コロニアル調の街並み。屋根瓦や木製の格子窓も景観を保つよう管理されています
- サン・フランシスコ教会やサント・ドミンゴ教会など、16〜17世紀にさかのぼる宗教建築群。バロック様式と現地の装飾が融合した意匠が見られます
- 1825年の独立宣言の舞台となったカーサ・デ・ラ・リベルタ(旧イエズス会大学の講堂)。現在は博物館として一般公開されています
- 1601年創設のラ・レコレタ修道院と、旧市街を一望できるその展望台。回廊に残る樹齢数百年のシダーの木も見どころです
- 近郊カル・オルコの垂直な岩壁に残る、約6,800万年前の恐竜の足跡群。地殻変動でかつての地表がそのまま崖として隆起しました
文化的意義
スクレは、ボリビア独立の物語そのものを体現する都市です。カーサ・デ・ラ・リベルタには独立宣言書の原本や、シモン・ボリバル、アントニオ・ホセ・デ・スクレら独立の英雄たちの肖像画、独立戦争で用いられた剣などが保管され、国の歴史を伝える最重要の記念館とされています。また、1624年創設のサン・フランシスコ・ハビエル大学に象徴される大学都市としての性格は今も継承され、司法・法学の中心地としての役割を担い続けています。アウディエンシア・デ・チャルカス以来の司法都市としての伝統は、現在もボリビア最高裁判所が置かれていることに表れています。近郊のタラブコ村に伝わるヤンパラ文化の祭礼「プハジャイとアヤリチ」は、雨季の豊穣を祝う音楽と踊りとして2014年にユネスコ無形文化遺産に登録されており、市街地に残る有形の植民地遺産と、周辺の山間部で継承される無形の先住民文化とが隣り合う地域としての側面もスクレの特色です。ユネスコは、スクレの街並みがクスコやキトと並び、西半球に残る植民地・共和政期の都市景観のうち最も保存状態の良いものの一つであると評価し、1991年に世界文化遺産として登録しました。
観光と体験
旧市街の中心プラサ25デマヨからは徒歩で、独立宣言の地カーサ・デ・ラ・リベルタ、メトロポリターナ大聖堂、屋上テラスから旧市街を一望できるサン・フェリペ・ネリ修道院など、主要な見どころを回ることができます。1601年創設のラ・レコレタ修道院の展望台からは、白壁の街並みとその奥に広がる山々を一望でき、写真撮影にも人気の場所です。市街地から車で約5キロの場所にあるカル・オルコでは、セメント工場の採石作業中に偶然発見された恐竜の足跡を、専用施設パルケ・クレタシコの見学ツアーで間近に見ることができます。中央市場では地元産のチョコレートやチーズ、パン、フルーツジュースなど高地ならではの食文化に触れることもできます。市街地東側のプラサ・シモン・ボリバル公園には、フランス人技師ギュスターヴ・エッフェルが設計に関わり1909年に完成した鉄塔「小さなエッフェル塔」が立ち、内部のらせん階段から公園と街並みを眺めることもできます。また、スクレは世界遺産の鉱山都市ポトシへ向かう旅の拠点として利用されることも多く、あわせて訪れる旅行者も少なくありません。ラパスやサンタクルスなど国内主要都市からは空路でのアクセスが一般的で、陸路の場合はポトシやコチャバンバから長距離バスを利用するルートもあります。標高が高いため気候は年間を通じて比較的穏やかですが、朝晩は冷え込むこともあり服装の調整が必要です。
まとめ
憲法上の首都としての格式、独立の舞台となった歴史、そして白亜の街並みが織りなす景観—スクレはボリビアという国の成り立ちを肌で感じられる稀有な都市です。1538年の都市創設、1624年の大学創設、1809年のチュキサカ革命、1825年の独立宣言、そして1991年の世界遺産登録に至るまで、スクレの歴史は幾層にも積み重ねられてきました。その価値は個々の建築物だけでなく、都市全体が育んできた歴史的一体性にあります。近郊のタラブコ村に伝わる無形文化遺産や、鉱山都市ポトシへの旅の拠点としての立地も含めれば、スクレを訪れる意味はさらに広がります。オーダーメイドでボリビア旅行を計画するなら、独立の歴史と植民地建築、そして近郊カル・オルコの恐竜の足跡まで、スクレでの滞在は多層的な体験を提供してくれるはずです。







