ロス・アレルセス国立公園は、アルゼンチン南部パタゴニアのチュブ州に位置する国立公園です。エスケルの町から西へ約50キロメートル、チリとの国境に接するアンデス山脈の東斜面に広がる26万3千ヘクタール以上の敷地には、樹齢2,600年前後、一部は推定4,000年に達するとされる巨木「アレルセ」(パタゴニアヒバ、学名Fitzroya cupressoides)の原生林と、氷河が削り出した透明度の高い湖沼群が広がっています。2017年にはユネスコの世界自然遺産に登録され、南米大陸で最も長寿な樹木群を有する森林として国際的にも高く評価されています。
歴史的背景
公園の起源は1937年、当時のアグスティン・フスト大統領による政令で、パタゴニアの複数地域が国立公園用地として国有保存区に指定されたことに遡ります。その後1945年の法律により、ロス・アレルセスの保存区は正式に国立公園として指定されました。設立の目的は、20世紀初頭に木材資源として乱伐が進み絶滅の危機にあったアレルセの原生林を保護することにありました。アレルセはヒノキ科の針葉樹で、博物学者チャールズ・ダーウィンがビーグル号の艦長ロバート・フィッツロイに由来する学名を与えたことで知られます。南米大陸で最も高く育つ樹種とされ、樹高は平均40〜60メートル、大きな個体では70メートルに達し、幹の直径は5メートルを超えるものもあります。長年の保護活動によって森林の保存状態は良好な状態が保たれ、2017年にはその価値が認められてユネスコ世界自然遺産に登録されました。登録面積は約18万8千ヘクタールにおよび、そのうち7千ヘクタール以上が樹齢千年を超えるアレルセの原生林を保護する区域とされています。
見どころと特徴
公園の見どころは、太古の森と氷河湖、そして豊かな生態系の組み合わせに集約されます。
- アレルサル・ミレナリオ(千年のアレルセ林):メネンデス湖畔に広がる原生林で、樹齢2,600年前後、一部は推定4,000年に達するとされる巨木が立ち並ぶ、公園の核心区域です。
- フタラウフケン湖、ベルデ湖、リバダビア湖など、リオ・アライヤネス(アレルセの意)で結ばれた湖沼群:氷河によって形成された透明度の高い水をたたえています。
- 年間降水量4,000ミリに達する湿潤な気候が育むバルディビア雨林:コイウエ、アライヤン、ニレなどの樹種が茂り、アンデス・パタゴニア地域でも植生の豊かな森として知られます。
- 絶滅の危機にある南米シカ「ウエムル」やカワウソの仲間「ウイリン」など希少な野生動物、コンドルやチュカオなどの鳥類が生息する多様な生態系。
- フタラウフケン湖でのフライフィッシング、ベルデ湖周辺でのカヤックやSUPといった湖上アクティビティ。
文化的意義
アレルセは先住民マプチェの人々にとって古くから「ラウアン」と呼ばれ、木材としてだけでなく、長寿と森の記憶を象徴する存在として位置づけられてきました。一方で19世紀後半から20世紀にかけて木材資源として過剰に伐採された歴史を持ち、その反省から国立公園としての保護が進められた経緯があります。現在では、数千年にわたって命をつなぐ巨木の存在そのものが、自然保護の意義を伝える生きた教材として、また地域アイデンティティの象徴として扱われています。ユネスコ世界遺産としての登録は、こうした歴史的背景を国際的に認知させる契機にもなりました。パタゴニアの原生自然を守る象徴的な場所として、周辺地域の環境教育や研究の拠点にもなっています。
観光と体験
公園への主要な玄関口は、チュブ州のエスケルおよびトレベリンの町です。エスケルやトレベリンの住民には入園が無料となる制度があるなど、地域社会との結びつきを重視した運営がなされています。園内では、メネンデス湖を渡る船で到着したのち徒歩でアレルサル・ミレナリオへ向かうコースが代表的な体験とされ、往復には半日程度を要します。ベルデ湖周辺ではカヤックやSUPのツアーが催行され、フタラウフケン湖周辺での清流のフライフィッシングも人気です。湖畔や森の中を歩きながら景観を楽しめるトレッキングルートも複数整備されており、体力や時間に応じてコースを選べます。園内のビジャ・フタラウフケンには宿泊施設やキャンプ場も整備されており、湖畔で数日過ごすゆったりとした滞在も可能です。訪問シーズンは主に11月から復活祭前後までの夏季が中心で、この時期は開園時間も長く設定され、船便やツアーの運行も増えます。
まとめ
ロス・アレルセス国立公園は、数千年の時を生きる巨木アレルセの原生林と、氷河が育んだ湖沼群、そして希少な動植物が一体となった、パタゴニア北部を代表する自然遺産です。2017年のユネスコ世界自然遺産登録は、乱伐の危機を乗り越えて守られてきたこの森の価値を、世界に示すものとなりました。太古の森を歩き、透明な湖を渡る体験は、他では得難い時間の重みを感じさせてくれるはずです。



