ニュージーランド北島のマタマタ近郊に広がる牧草地に、映画『ロード・オブ・ザ・リング』および『ホビット』三部作の舞台となった「ホビトン」の世界がそのまま再現されています。ホビトン映画セットは、アレクサンダー家が営む羊・牛の農場の一角につくられた撮影セットで、現在は44棟のホビット穴、グリーン・ドラゴン・イン、水車小屋などが常設され、ガイドツアー形式で一般公開されています。緑豊かな丘と池を背景に、物語の世界にそのまま足を踏み入れられる体験は、映画ファンだけでなく世界中の旅行者を魅了し続けており、年間80万人以上が訪れるニュージーランド屈指の観光地となっています。マタマタはオークランドから車で約2時間、ロトルアから約1時間の距離に位置し、ワイカト地方を代表する農村観光の拠点にもなっています。
歴史的背景
ホビトンの物語は1998年、ロケーションスカウトのナイジェル・コーンをはじめとする映画監督ピーター・ジャクソンのチームが、ヘリコプターによる空撮調査でこの地を発見したことに始まります。マタマタ近郊、約500ヘクタール(約1,250エーカー)に及ぶアレクサンダー農場に広がるなだらかな丘と一本の大きな木、そして池のある風景が、原作の「シャイア」の描写と重なり、ジャクソン監督は「古きイングランドの一片のようだ」と評したと伝えられています。1999年、9か月間にわたる本格的な造成工事が行われ、ニュージーランド陸軍の協力で約1.5キロメートルの進入道路が整備されたほか、水車小屋や二重アーチの橋、バグ・エンドの上に立つ樫の木のレプリカとともに、39棟のホビット穴のファサードが建設されました。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の撮影終了後、セットは本来解体される予定でしたが、作業の途中で悪天候により中断し、17棟がそのまま残される結果となりました。この状態を惜しんだアレクサンダー家が製作会社と交渉を重ね、2002年から残された跡地を巡るガイドツアーを開始したことが、現在の観光名所としての出発点となりました。2009年にはピーター・ジャクソン監督が『ホビット』三部作の撮影のために再びこの地を訪れ、2010年にセットを恒久的な建材で再建。これにより、映画公開後も解体されない常設セットとして、現在の44棟のホビット穴を含む姿が完成しました。
見どころと特徴
セット内には映画の世界観を再現した多彩な見どころが点在しています。ギネス世界記録にも「世界最大の常設映画セット」として認定されており、その規模の大きさも見どころの一つです。
- 44棟のホビット穴:丘の斜面に並ぶ円形の扉が特徴で、一部は内部まで家具付きで再現され、2024年12月からは室内見学も可能になりました。
- バグ・エンド:主人公ビルボ・バギンズの家として知られる丘の上の一軒で、上部には撮影のために移植された大きな樫の木のレプリカが立っています。
- グリーン・ドラゴン・イン:2012年に開業した実際に利用できる酒場で、ツアーには薪ストーブで温められた店内での飲み物1杯のサービスが含まれます。
- 水車小屋と二重アーチの橋:セット内を流れる小川にかけられた橋と水車小屋は、映画の牧歌的な風景を象徴する構造物として今も残されています。
- 四季で変化する庭園:各ホビット穴の前庭は専属の庭師によって季節ごとに植栽が手入れされ、訪れる時期によって異なる表情を見せます。周辺の丘には現在も羊や牛が放牧されており、撮影セットと現役の農場風景が隣り合う独特の光景も楽しめます。
文化的意義
ホビトン映画セットは、J.R.R.トールキンの原作とピーター・ジャクソン監督による映像化作品を橋渡しする稀有な存在です。通常、映画セットは撮影終了後に解体されるのが一般的ですが、悪天候による解体作業の中断とアレクサンダー家の判断が重なったことで、フィクションの舞台が現実の観光地として長く存続するという特異な例となりました。ニュージーランド政府観光局は同作品群を「ミドル・アース」という国のブランドイメージ発信に活用しており、ホビトン映画セットはワイトモ鍾乳洞などと並び、ニュージーランドの映画観光(フィルム・ツーリズム)を代表する存在として知られています。1998年の発見から一貫して同じ家族が農場経営とセットの保存・運営を続けている点も特徴で、羊・牛の放牧という地域の農業と観光業を融合させた運営形態は、地方経済への貢献という点でも評価されています。さらに、映画公開から20年以上が経過した現在も撮影当時のディテールが忠実に保たれていることから、ファンにとっては単なる観光地ではなく、原作と映像作品への敬意が形となった「聖地」として受け止められている点も、この場所ならではの意義といえます。
観光と体験
ホビトン映画セットは個人での立ち入りができず、公式のガイドツアーに参加することでのみ見学が可能です。標準となる「シグネチャー・ツアー」は、ビジターセンター「シャイアズ・レスト」からシャトルバスでセット内へ移動し、専属ガイドの案内で約1時間30分にわたり敷地内を歩いて周る構成です。夕暮れ時に出発するイベニング・バンケット・ツアーなど、季節限定で楽しめる特別なプランが用意される年もあります。ツアーの終盤にはグリーン・ドラゴン・インでの飲み物のサービスも含まれ、まるで映画の一場面に入り込んだような時間を過ごせます。営業は基本的に年中無休でクリスマスのみ休業となりますが、発着時刻は季節によって変動するため、事前予約と公式サイトでの最新情報確認が推奨されます。特に12月から2月にかけての南半球の夏季は数週間から数か月前に予約が埋まることもあり、早めの計画が望まれます。最寄りの都市はロトルアやオークランドで、いずれからも日帰りでのアクセスが可能なため、他の観光地と組み合わせた行程が組みやすいことも魅力です。ビジターセンターにはカフェや売店も併設されており、ツアー前後に軽食をとったり、記念品を購入したりする時間も確保されています。周辺には鍾乳洞で知られるワイトモ・ケイブスなどの見どころもあり、マタマタを拠点にワイカト地方を周遊する旅程を組む旅行者も少なくありません。
まとめ
ホビトン映画セットは、1998年の偶然の発見から始まり、悪天候による解体作業の中断という思いがけない経緯を経て今の姿にたどり着いた、映画と現実が交差する場所です。44棟のホビット穴や実際に営業するグリーン・ドラゴン・インなど、細部までこだわり抜かれた「シャイア」の世界を歩いて体感できる貴重な機会として、年間80万人以上を惹きつけ、ニュージーランド旅行の目的地の一つに数えられています。作品の世界にじっくりと浸りたい方はもちろん、雄大なワイカトの田園風景そのものを楽しみたい方にもおすすめできるスポットです。





